今回は「キッドアイラック!」というマンガをご紹介します。
本作品のテーマは大喜利です。笑いのセンスのひとかけらもない主人公「やおきん」が、とある事件をきっかけに笑いの世界で奮闘する青春グラフィティとなっています。
もう一度書きます。本作品のテーマは大喜利です。
これは実に難しいテーマと言えるでしょう。なぜなら、マンガの中で表現されている笑いは本当に面白くなければならないのですから。
作品の中で笑いを描くこと
本作品には才能ある投稿者、ペンネーム「スパゲッ亭アラビアー太」が登場し、物語上も大きな推進力となるのですが、その才能があるとされているキャラクターの投稿作品がつまらなかったら、物語がそこで止まってしまうわけです。
「劇中のお笑いを面白く」。「マンガそのものも面白く」。
「両方」やらなくっちゃあならないってのが「作者」のつらいところだな。ってやつです。
劇中で笑いを描くことはきっととても難しい。天才的な画家やスポーツ選手、音楽家を描くよりも。
音楽であればマンガでは直接的にわかりません。画家であれば絵画を見せないという手法も成り立つでしょう。スポーツ選手は人間離れした運動能力を描けばいい。(人間離れしすぎてスポーツマンガからギャグマンガに転向した作品もちらほらありますね)
しかし、笑いを表現するためにはどうしても文字にする必要があります。そしてその文字列はそのまま読者に直接伝わる笑いの表現にほかならないのです。
笑いの順位性をどう伝えるか
また、より難しい試みとして本作品では大喜利大甲子園というお笑いバトルが描かれるのですが、ここで面白さに順列をつけねばならないというのがまたハードルを高くしています。
物語上Aの方がBより面白いシーンで、読者がBの大喜利に爆笑してしまってはいけません。観客の盛り上がりを描くことで状況のコントロールはできるでしょうが、そのジャッジに読者が納得ができなければ、実際のお笑いコンテストを見た後における「◯◯の方が面白かったよな〜」という不完全燃焼を読後感として与えるでしょう。
このように、笑いをテーマにすることにより、一般的なマンガと比べてひとつ多く大きなリスクを負うことになるわけです。
上記課題を払拭する、確かな手腕
しかし、本作品は「お笑いを描ききる」ことによって、真正面から課題を解決していきます。劇中のお笑いがよく出来ているのです。単純に面白い。
またお笑いのネタを考えるシーンでロジックの組み立て方を描くことにより、読者に納得感を与えながら引き込んでいく見せ方も見事の一言。
ここまでくれば、前述の課題は作品を引き締めるスパイスとして機能し、テンションを保ったまま最終話へ突き進む後押しになります。すべての構成を考えぬいて作ったんだろうな…と、敬服せざるをえません。
魅力的なキャラクター描写
作者である長田悠幸×町田一八コンビの作品はどれもそうなのですが、パッとしない女の子をかわいく描くことが非常にうまいです。「スパゲッ亭アラビアー太」こと湖池やよいの描き方が素晴らしい。
ちなみにあとで書評をしようと思っている「SHIORI EXPERIENCE ジミなわたしとヘンなおじさん」の主人公、本田紫織も最高かわいいです。
最後に
キッドアイラック!というタイトルの本作。喜怒哀楽から命名されたことは想像に難くありません。
物語の起点となる、ある事件が残酷すぎてそれだけで嫌、という意見もあるでしょう。しかし魅力的なキャラクターとダイナミックな画面構成、練られたプロットとテーマ。すべての要素で高レベルにまとまっている本作品は、すべてのマンガファンにぜひ一読をオススメしたい快作です。